Friday 27 April 2012

チップ



さっそうと近付いて来るのは、黒い制服に身を包んだ、20歳くらいの細身の女性。栗毛色のポニーテールを揺らしながら、テーブルに座った客にメニューを配っていきます。

ローストチキンで人気のレストランは、平日の昼だというのに30分待ちの大盛況。

待ちに待ってようやく席に着くと、すぐさま給仕係がやってきました。
「いらっしゃいませ」
けっして慌てず、客ひとりひとりに気を配りながら、彼女はにこやかに会話を続けます。

ランチメニューは10種類以上。加えて、デザートやドリンクがセットになったコースなど、選択肢が豊富にあります。
せっかくですからローストチキン1/4羽を試してみることにしました。「キャッシー」と名札を付けた彼女が再び現れ、注文を取ります。
「付け合わせは何にされますか。ソースは5種類からお選びいただけます。サラダバーとスープバーはご利用ですか。コーヒーはいつお持ちしましょうか」

数分後、キャッシーがコーヒーカップとカトラリーをテーブルに準備。店内の真ん中に設けられたバーから選び取ったスープとサラダで、私たちの昼食が始まりました。

スープとサラダの皿が空いたタイミングで、メインディッシュが運ばれてきました。

ローストチキン1/4羽とフライドポテトが乗った皿の向かいには、ローストチキン1/2とマッシュポテトが置かれ、そのまた隣には焼き鳥3本と焼飯、そのまた隣には牛肉の串刺し1本と焼飯、さらに隣にはローストチキン1/4羽と茹で野菜の皿。
注文通りの料理が、5人それぞれの前にやってきました。

日本によくあるファミリーレストランのような配置のこの店で、キャッシーは15ものテーブルを担当します。客が、カナダのふたつの公用語のうち、どちらの言語で会話しているかを聞き分けて、接客をします。アルコールを楽しむ客の食卓には少し長めに付き、大人数のグループの食卓では、会話を遮らないように注意を払います。

「お味はいかがですか。足りないものはありませんか」
メインの皿に取りかかっている私たちに、キャッシーが声を掛けます。

食事が終わり、私がコーヒーに手を伸ばしたときには、キャッシーが空になった皿に手を伸ばします。そして絶妙なタイミングでコーヒーのお代わりを注ぎにやってきます。

私たちが席に着いてから2時間後。
「食事はお楽しみいただけましたか」
キャッシーが、会計票を綴じた2通のファイルを、支払者ふたりの前に静かに置きました。

彼女は、私たち5人がどのように支払をするかを、注文を取る前に尋ねていました。

会計票の「チップ」の欄に金額を書き入れた支払者は、ファイルにクレジットカードを挟み込み、キャッシーに手渡しました。
「ありがとう。とても楽しい食事ができました」

カナダでは、飲食店で支払うチップの相場は、飲食代金の10~20%と言われています。消費者の感謝の気持ちが、チップに反映されています。

Monday 16 April 2012

はじまり



新しい町で生活を始めるとき、なにをもって「生活の定着度」を量りますか?

私の場合は、行動範囲が広がったときに、この町の住人らしくなったなと感じます。行く場所があるということは、新しい社会で自分の居場所を見つけたことを意味するから。

この町で生活を始めて一か月。バスでの移動方法を覚えました。

方法といっても、いたって簡単なもの。事前に購入したバス券を握りしめて、運転手がいる前のドアから乗り込む。そして、バス券を料金箱にスライドさせて入れ、支払いの証明として「乗り継ぎ券」を受け取るだけのこと。

「乗り継ぎ券」には90分後の時間が記され、その時間内であれば市内のバスは自由に乗降できます。運転手に見せる時間がその時間内であれば良いのだから、うまくいけば一回の支払いで、目的を果たして往復することだってできます。


スーパーマーケットなどで6枚綴りで売られるバス券は、乗車距離にかかわらず、通常のバスで2枚、急行で3枚を要します。1枚あたり1.30ドルなので1回の乗車は2.60ドルから。しかしこれが現金払いになると、話しは違うのです。
通常のバスで3.25ドル、急行で4.25ドルとお高くなります。うっかり手元の券を切らしてしまった人のために、市内数か所にあるバスターミナルには、発券機が設置されていて、片道券が2.85ドルで買えます。バス内で現金を扱いたくないという、強い姿勢の表れなのでしょう。


日本の定期券とは違い、この町のバスの定期券は一定料金で市内すべてのバスに乗ることができます。そのため、通勤や通学でバスを使う人たちはみな、月94ドル(急行は116ドル)の定期券を持って移動します。
つまり、現金払いでバスに乗る人を、ほとんど見かけません。

列車が走らないこの町では、バスが私を町の隅々まで運んでくれます。

私が乗るバスは、郊外と市内を結ぶ便。ベッドタウンからの乗客を乗せるため、バスは2台続きの大型車です。ジャバラの連結部でつながった2台は、バス停で3か所の乗降口を開きます。定期券を持つ乗客はどの入り口から入ってもよいのです。

運転手が乗る前車には、優先席が設けられています。ベンチを車体の壁に向かって折り畳むことで、車いすやベビーカーが乗せられる仕組みです。

車いすに乗った人や、ベビーカーを押した人が乗車してくるのが見えると、優先席に座っていた人たちは立ち上がり、ベンチを上げスペースを確保して、新しい乗客が席に着くのを見守ります。

社会の中に溢れるこんな思いやりに触れるとき、国や地域は違っても、人が住む場所はどこも同じようなものだなと感じさせられます。そして、この町でもやっていけるという自信が生まれます。その感覚はまるで、ふと立ち寄った外国の店で、思いがけずお気に入りの日本製のお菓子を見つけたときのものに似ています。懐かしさと居心地の良さ、そして安堵感。

この町の名前はオーリーンズ。
カナダの首都オタワ市から、バスで40分ほど東に走ったところにある町に、私は住んでいます。