私には、ニコールという名前の友達がいます。友達と言っても、私が彼女について知っていることはわずか。
彼女が美しい青い瞳を持つ短髪の女性であること、介護施設に住んでいること、フランス語を話すこと、そして魚とケチャップとカフェオレが好き、ということだけ。
ニコールに出会ったのは、オタワに着いた翌々日のこと。
家主の母親が入所している施設に、付き添って出掛けたときでした。
ロビーに入ると、じーっと私を見つめる、テーブル付きの車いすに座った女性に気付きました。笑いかけながら片手を上げて私が挨拶をすると、彼女は歯のない口元を大きく開き、手首から内側に曲がりきった両手をテーブルに打ち付けながら、顔をくしゃくしゃにして喜ぶのです。なんとも愛らしい姿のこの女性が、ニコールです。
施設の夕食は17時。
ほんの興味から、母親を伴う家主に付いてダイニングルームに向かいました。合計40人くらいが、自分で食事を摂れるグループと、介助を必要とするグループとに別れて座ります。
入所者の90%がフランス語を母語に持つ人たちです。そのため、スタッフも当然、フランス語話者です。フランス語を解さない私は、さて、どうしたものかと部屋の片隅にとどまっていました。と、母親の隣に座った家主が、私の顔を見ながら、ひとつのテーブルを指差すのです。食事の介助をしろ、と。いまさら部屋を去るのもバツが悪い。
当てがわれたテーブルには、ニコールが座っていました。話すことも、スプーンを持つこともできないニコール。私が隣に座ると、彼女は長いまつげを揺らしながら、頭をぐるぐる回してはしゃぐのです。ミキサーにかけられた食事を、スプーンでニコールの口に運びます。
「おいしい?」と尋ねる私。私の下手なフランス語をバカにもせず、ニコールは満足そうに大きくうなずき、そして、また大きく口を開きます。
この日以来、私がいるときは、ニコールの食事の介助は私の役目になりました。
配膳カウンターの職員に「肉?魚?」と聞かれれば、魚と答え「ソースは要りませんよ」と伝えます。皿の上にケチャップをたっぷり掛けて、それからカップ2つにカフェオレを注ぎ、ニコールの隣に座ります。フォークで魚をつぶし、「熱いよ」と言いながらニコールの口に運びます。
食事の後に、ストローを使ってカフェオレ2杯をキュッと飲み干したニコールは、決まって言うのです「ありがとう。愛しているわ」。車いすに装着されたテーブルの上に貼った言葉を、曲がった手首で指しながら。
「どういたしまして。私たち、友達じゃない。」
厚い言葉の壁をいつも感じるカナダで、ニコールは私に自信を分けてくれます。
素敵な友達。読んでいて、介護士の時を思い出し、少し泣いちゃいました。
ReplyDeleteキキちゃんの住んでる所の家主さんの仕事場が介護施設なんですか? それに、付き合って食事介助をキキちゃんもしているの?それとも、バイト?
二コールはとても愛らしい方ですね♥
eriちゃん、介護士さんだったね!!
Delete家主さんの仕事場が介護施設なのではなく、この介護施設に家主さんのお母様が住んでいるんです。毎週、家主さんがお母様に会いに出掛けます。私は2週間に一回、一緒に行って、ニコールの夕食の介助をします。バイトではないんです。
ニコールは、とっても明るくって、礼儀正しい人で、みんなの人気者です。彼女に会うたびに、私も元気になります。
そうだったのですね~。
Delete二コールは2週間に1度、来てくれるキキちゃんに会えるのを楽しみにしているでしょうね☆
お互いがお互いを元気にするパワーを持っているのですね。素敵な事です。
「お互いがお互いを元気にするパワーを持っている」<ーこれ、素敵な言葉ね!
Deleteeriちゃんのヨガクラスも、きっとパワーが溢れているんでしょうね〜!!!
素敵な話!じ~んときてしまいました。
ReplyDeleteニコールもいいお友達が出来て嬉しいでしょうね。会ったことはないけど、彼女の嬉しそうな表情が頭に浮かびます。
お互いに元気を分け合って、ききもカナダ生活頑張れ~
私が野菜ばかりを口に運んだりすると、ニコールは「メインディッシュをちょうだい!」と目で訴えるんですよ。言葉がなくても、伝わることってたくさんあるんだなと、教えられます。
Deleteフランス語ができない、とか、ネイティブのように英語が操れない、とか言って、自分を制したりしてはいけないですね。ニコールのように、伝える方法を身につけないと。
読んでいて頭に情景が浮かぶいい文章だと思いました。ニコールさんに主の祝福がありますように。
ReplyDeleteいい文章だなんて、そう言っていただけると、嬉しいです!!日々、書き続けて、伝わる日本語を書けるように頑張ります。
Delete